3年地学 暦(こよみ)を科学する
3年 組 番 ( )
天球について
暦を科学するとき、まず知らなければいけないのが、天球です。天球って何かというと、観測者(自分)を中心にした、半径無限大の球。つまり、うんと大きなお椀をふせたようなもので、地平線の下にも同じ物を考える。
その天球に夜空に輝く星々がはりついていると考える。
その天球にも、ちょうど地球でいうところの緯度・経度というものがあり、これを用いて位置を表すことができる。
地球の場合は、自転軸が北極点、南極点を貫く。この軸に垂直に地球を真半分に切る面の地表と交わる円を赤道という。この赤道が緯度の基準になっている。赤道が緯度0°で、北極点が北緯90°、南極点が南緯90°となる。
もうひとつの座標軸である経度のゼロ点は、というと、自然には存在しない。つまり、人為的に決めるしかない。どのように決めたかというと、それを決める必要が生じた当時、もっとも強国であった国の、国王の命令で作られた天文台の一番主要な望遠鏡の経度が0°となるように決めたのである。
その王立天文台は、イギリスのグリニッッジ天文台で、経度が0°の線を「グリニッジ子午線」という。
子午線とは、両極を結ぶ任意の大円、すなわち経線のことである。
天球に話を戻すと、「天の北極」、「天の南極」は、地球の北極点、南極点を通る軸を天球にまで伸ばしたもので、「天の赤道」は、赤道面を天球上にまで大きくしたものである。頭の真上の点を「天頂」という。
天頂と地平線上の真北を通る大円を子午線という。子午線の子は「ね」、午は「うま」であり、方角に十二干支を当てたときの、北と南を意味する。
この座標系での位置の表し方であるが、星なり、太陽なりの天体から、地平線に垂線を下ろす。真北からこの点まで測った角度を「方位角」という。方位角は、通常、真北から、北→東→南→西→北の方向に360°まで測る。例えば、真南の方位角は180°、真西の方位角は270°である。一方、地平線に下ろした垂線の足から天体までの角度を「高度」という。
天頂の高度は90°で、地平線では0°である。
これを「地平座標系」といい、実際によく用いられる。
「天の赤道」から北、あるいは南に向かって測った角度を、「赤緯」という。
天球上に、星に対して動かない座標系の1つを見つけることができた。
一方、経度に相当する座標はどうか。
太陽の、星のあいだを動く動き方は非常に規則的で、天球上の一つの大円の上を、一年かかって星に対して一周する。この大円のことを「黄道(こうどう)」という。
「黄道」と「天の赤道」とは、約23.5°の傾斜をもって交差し、年に2回、太陽は天の赤道を横切る。このうち、太陽が天球の南半球から北半球に移るときに横切る点を「春分点」という。
太陽がこの点を通るときが「春分」であり、このとき、太陽は地球の赤道の真上にあり、この日を境に南半球から北半球の上を太陽が照らすようになる。北半球では、次第に暖かくなる。それは、毎年3月21日ごろのことである。
春分点を基準に、地球上の経度に類似のものを考え、それを「赤経(せっけい)」という。赤経は、春分点から東へ測っていく。0°から360°まではかることもあるが、一周を0時から24時として測ることが多い。
「赤経」と「赤緯」とで、観測地点によらず、時刻によらない天体の位置を表すことができる。
たとえば、おおいぬ座のシリウスは、赤経が6時45分(6h45’)、赤緯がマイナス16度42分(−16°42’)と表すことができる。この座標系を「赤道座標系」という。
太陽は黄道上を西から東へ、ほぼ等速度で動き、ちょうど一年かかって一周し、もとの星座に帰ってくる。毎年、同じ日には同じ位置にいる。
また、月は、黄道に近い経路を太陽と同じ方向に動く。黄道とは約5°傾いた大円だが。しかも、この経路は、星座の中で少しずつ動く。そして約十九年で、もとの位置に戻ってくる。月の経路は「白道(はくどう)」という。
月は白道上を約一ヶ月で一めぐりする。
黄道を天の赤道のかわりに使う座標系がある。経度の原点はやはり春分点にとる。この座標系を「黄道座標系」といい、経度、緯度に相当するものはそれぞれ、「黄経(こうけい)」、「黄緯(こうい)」という。黄道座標系は、太陽系内の天体の位置を表すのに用いられ、こよみと、もっとも縁の深い座標系である。実際、こよみを決めるものは、太陽と月の黄経であるといってもよいのである。
一日 一月 一年について
一日は、地球の自転の一回転である。地球の太陽に対する一回転の周期である。太陽が「正中」してから、次の日に正中するまでの時間で、ほぼ一定で約24時間である。
一日は、あらゆる暦の基本単位で、週や月や年の長さは日を単位として数え、必ず日の整数倍である。
日より短い時間の単位は、日を整数に分割したもので、二十四に割ったものが、「時」であり、以前は一日を十二に分けて十二支をあてた時刻が用いられた。
日は、きわめて自然で、人為的な要素の入ることのない周期である。昼と夜の違いは歴然としており、ある日から別の日までの日数を数え間違えたり、法律や規則によってその日数が変わることはない。
これが、月とか年になると、必ずしもそうではない。何年何月といっても、その時代の、その国のこよみの制度を知らなくては、その本当の長さを知ることができない。
ユリウス通日
歴史的な出来事の日を記すのに、もっとも確実な方法は、年とか月とかを使わず、日だけで表すことである。
そのような通日に、「ユリウス通日」、あるいは単に「ユリウス日」とよばれるものがある。
これは、1629年にヨセフス・スカリゲルによって考え出された通日で、西暦紀元前4713年1月1日から数えた通日である。たとえば、2000年1月10日(グリニッジ時正午)日本時間2000年1月10日午前3時JSTのユリウス日は、245万1555日にあたる。なお、ユリウス通日の「ユリウス」は、スカリゲルの父の名のユリウスにちなんだといわれており、ユリウス暦のユリウス・カエサルとは関係がない。
ユリウス日は、もっぱら天文学使われている。
太陽日と恒星日
地球上の任意の子午線(経度の線)が、太陽に対して同じ方向を向く周期が一日であるが、正確には「太陽日(たいようじつ)」という。
恒星に対する一日は「恒星日(こうせいじつ)」といい、恒星日の長さは、太陽日の長さより約四分短い。
本当の地球の自転周期を示すのは、恒星日の方である。
地球の自転は非常に一様に近いので、一恒星日の長さは、ほとんど一定であり、それは二十三時間五十六分四・〇九……秒である。
一方、一太陽日の長さは、これほど一様でなく、季節により、速くなったり遅くなったりする。毎日少しづつ変動する。これを平均したものが二十四時間である。
地球の自転の方向と公転の方向は同じなので、この結果、地球が自転軸のまわりを恒星に対して一回転したとき、太陽に対しては、まだ一回転し終わっていないのである。
月の満ち欠け
月は面白い天体である。その形が日々変化することで、他の天体とはいちじるしい違いをみせる。
月の形が日々変化することは誰でも知っているが、太陽との相対位置と形状との関係、また、月出(げっしゅつ)、月没(げつぼつ)の時刻と形状との関係を正確にいえる人は、今日では少ないかもしれない。
新月(朔)
月が太陽と同じ方向にあるとき、正確には両者の黄経が等しいとき「新月」、「朔」で、この前後、月は見えない。この前後は月出、月没、および正中の時刻は太陽のそれとほぼ同じである。
それから二、三日すると、月は太陽の東にだんだん離れて、夕方、太陽の沈んだあとの西の空に見えるようになる。朔から三日目ごろに見える細い月が三日月(みかづき)である。
上弦
このころの月は、天空に高くかかっているとき、右側が光っている。夕方遅くに西の空に沈むときに、弦(つる)を上にした弓のようであるというので、上弦(じょうげん)の月という。天文学的には、「上弦」とは、右半分が光った半月の状態、正確には、月の黄経が太陽のそれより九〇度大きいときをいう。月出、正中、月没は次第に遅くなり、上弦では、すべて太陽より六時間ぐらい遅れる。上弦では正午ごろ昇り、太陽が沈むころに正中し、真夜中に沈む。
満月(望)
月はさらに太ってきて、朔から十五日ぐらいには前面が輝き、「満月」となる。「望(ぼう)」ともいう。満月は、正確には、太陽と月の黄経の差が一八〇度になった瞬間をいう。満月のころ、月は夕方昇り、真夜中ごろ正中し、明け方沈む。全面が光っているうえに、夜どおし空に出ているということになる。満月を過ぎた月は、今度は右の方から欠けはじめる。それとともに月の出が、夕方、次第に遅くなる。
満月を過ぎ、朔から十六日目の月を、一六夜(いざよい)の月という。出るのをためらうという意味である。
十七日目の月を立待月(たちまちづき)、十八日目の月を居待月(いまちづき)、十九日目の月を寝待月(ねまちづき)、さらに二十日目の月を更待月(ふけまちづき)といういい方もある。月の出が次第に遅くなっていく様子をよく表している。
下弦
満月から七日目ぐらいに再び半月になる。今度は左半分が光っている。「下弦(かげん)」の月である。これは、明け方、西の空に入り残っている半月が、弦を下にした弓のように、上半分が光っているからである。下弦の正確な定義は、月の黄経が太陽のそれより九〇度小さくなる瞬間である。月は次第に太陽に近づいていき、夜明け前に昇って、明け方、少しの間だけ見えている状態になり、やがて再び、太陽といっしょになる。
朔から朔までの長さは約二十九日半である。月出、正中、月没は毎日少しずつ遅くなるが、二十九日半かかって24時間の遅れとなり、元に戻る。遅くなり方は、一日平均49分である。
月の黄経と太陽の黄経が等しくなってから、次にまた等しくなるまで、つまり、朔から朔までを「朔望月(さくぼうげつ)」という。朔望月の周期は約二九・五日、正確には29.530589日である。この数字はこよみにとって非常に重要なものである。この周期はあくまでも平均的なもので、実際には、これより長くなったり、短くなったりし、29.2日から29.8日ぐらいの間で変化する。
月が恒星に対して一周する時間は、朔望月より短い。平均値で、27.321662日である。この周期を「恒星月(こうせいげつ)」という。「朔望月」と「恒星月」の違いは、ある朔のとき、太陽と同じ方向にあった恒星とおなじ方向に月が帰ってきたとき、地球は月の公転と同じ向きに、太陽のまわりを少し公転している。これに追いついて、太陽と同じ方向に来るためには、なお2.2日の時間を要する。
いろいろな一ヶ月
朔望月や恒星月の他にもいろいろな一ヶ月がある。ほとんど気が付かないが、月の視半径は変化している。
最大のときと最小のときとでは、約一割大きさが違う。
近点月
ここでいう視半径の変化は本当のもので、月が地球に近づいたり遠ざかったりするために起きるものである。
この周期は恒星月に近いが、同じではなく、27.554550日である。この周期は「近点月(きんてんげつ)」とよばれる。
恒星月と近点月の周期が同じでないのは、近地点が移動していることを意味する。また、近点月は朔望月とはかなり違う。したがって、満月の周期と、月がもっとも大きく見える周期とが異なるため、満月のときの大きさは、いつも同じではない。ある時期、満月のころに最大の大きさであるとすると、少しずつずれてきて、半年後ぐらいの満月には、すっかり反対になり、ほぼ最小になる。
交点月
天球上を月のとおる道筋の白道と黄道とは約五度ばかり傾いている。したがって、両者の交点が二つある。そのうちの一つの交点を出発した月が再び同じ交点に帰ってくる時間を「交点月(こうてんげつ)」とよぶ。この交点月は恒星月や近点月に近いが、どれとも少し異なっていて、その長さは27.212221日である。交点月が恒星月と異なる理由は、白道と黄道との交点が空間に対して動いているからである。動くのは白道であり、黄道は動かない。日食や月食は、月が白道と黄道の交点近くにあるときに起こる。したがって、交点月は日食や月食の周期と深い関係がある。
分点月
月の黄経がゼロになってから、再びゼロになるまでの時間を「分点月(ぶんてんげつ)」という。
これは恒星月に等しいはずである。春分点、および、それをとおる黄経がゼロの線は、恒星に対して動かない
はずだからであるが、春分点は恒星に対して少しは動くので、その結果、分点月は恒星月とわずかに異なり、27.321582日である。
こよみの一ヶ月
いろいろな一ヶ月を紹介してきたが、このほかにもうひとつ非常に重要な一ヶ月がある。それは、こよみにおける一ヶ月であり、“何月何日”というふうに日常使っている、あの“月”である。この一ヶ月は、まことに奇妙な一ヶ月である。三〇日になったり、三一日になったり、ときには二八日になったり、二九日になったりする。
この“月”は、朔望とは無関係な“月”である。したがって月の第1日が新月であったり、満月であったりする。
たとえば日本で明治5年まで使っていたこよみでは、こよみの月は、月(天体の月)と深い関係をもっていた。一ヶ月は二九日か三〇日かで変化したが、月のはじめは朔であり、一ヶ月の長さは平均して朔望月と一致していた。一日(ついたち)といえば、闇夜を連想し、一五日といえば、明るい月夜を、さらに楽しい祭りなどを連想したのではないだろうか。
私たちは、満月が輝いていて、それが自分の影を道路の上に落としていても、ほとんど気が付くこともない。さらに、今夜どんな月が見られるかときかれて、正しく答えられる人はあまりいないに違いない。
私たちが使っている太陽暦はたしかにいろいろな長所をもっているが、月(天体の月)を完全に無視してしまった。このことは、せっかくの自然の恵みのひとつを放棄するものではあった。
一年というリズム
日に次いで顕著な自然の周期に、季節の移り変わり、すなわち年がある。
あらゆるところで、この周期は私たちの生活とかかわりをもっている。年中行事というものは字のとおり、一年ごとに繰り返される。正月、桃の節句、五月の節句、七夕、文化の日、七五三、クリスマス、……。これらは、それぞれの季節と切り離して考えることはできない。
赤道近くなどでは、一年がそれほど重要な意味をもたない場合もあるが、中緯度以上の地帯、とくに農業を行うところでは、一年というリズムは絶対に必要である。たとえば、古代エジプトには、農耕文明が栄えたが、そこでは、いち早く、一年の正確な長さを知っていた。
人間だけでなく、ほとんどの生物にとって、一年は基本的なリズムである。毎年春になると、きまって草や木が芽吹き、間もなく花を咲かせる。夏になれば、セミが地面からはい出し、にぎやかに鳴き、秋には、木々の葉が紅葉する。私たちは、それらを見て、季節の変化を感じる。
季節感をもたらすものは風の音や、空の色だったりすることもあるが、もっとも支配的なものは気温であろう。暖かい、暑い、涼しい、寒いというのが、それぞれ春夏秋冬の第一の特徴である。そして、これらの原因になっているのが、太陽であるということは誰でも気が付く。夏の太陽はギラギラと照りつけ、冬の太陽は寒々としている。しかし、本当に夏は暑く、冬は冷たくしか照らさないのであろうか。注意深く太陽を観察すると、夏の太陽も冬の太陽も、大きさや明るさはそんなに違わない。実は、北半球では、冬の太陽のほうが、夏の太陽よりも、わずかに大きいし、明るさも、空気の透明度などから考えると、冬のほうがあかるいかもしれないのである。
それではなぜ、夏は暑く、冬は寒いのかというと、太陽の高度の違いなのである。夏は真上のほうから照るので地面が強く暖められ、冬は斜めに低くしか日がささないので、地面が暖まらないのである。
太陽を観察する
季節の変化を演出している太陽の動きを、少しくわしく見てみよう。
冬至
一二月二二日ごろのこの日には、太陽の正中高度が一年中で一番低い。逆にいうと、この日を境に太陽の高度は回復しはじめる。このことから、この日を太陽の光の復活の日として祝う民族は多い。特に日ざしの弱い北欧などでは、冬至祭は重要な祭りで古来、この日を年のはじめとした民族も多かった。また、キリスト教におけるクリスマスは、この冬至とキリストの生誕祭とが結びついたものといわれている。
冬至のころの太陽は、真東よりかなりの角度南に寄ったところから昇り、真西から同じ角度だけ南に寄ったところに沈む。太陽の滞空時間(昼の時間)は一年中でもっとも短い。正中時の太陽の高度は、90°− 緯度 − 23.4°で計算できる。
春分・秋分
この日には、太陽はほぼ真東から昇り、真西に沈む。そして昼の長さは、一二時間に近い。これらは、各緯度に共通である。正中時における太陽の高度は、90°− 緯度 で与えられる。
夏至
夏至は六月二二日ごろである。この日に太陽はもっとも高くなり、昼の時間も長くなる。太陽は、真東および真西よりずっと北に寄ったところから昇り、そして沈む。このため朝夕には、真南に向いて建てられた家屋の北側の窓から十分長い時間にわたって日がさし込む。
太陽の高度は、90°− 緯度 + 23.4° で与えられる。
話は少し戻るが、冬至の日に昼の時間がもっとも短いというのは本当であるが、この日にもっとも遅く、日没がもっとも早いといえるだろうか。 冬至のころの太陽の正中時は激しく変化していて、毎日三〇秒ずつ遅くなっている。この結果、たとえば、北緯三五度付近での日出のもっとも遅いのは一月八日ごろ、日没のもっとも早いのは一二月五日ごろである。程度は異なるが、同様のことは夏至についてもいえ、日出のもっとも早いのは六月一三日ごろ、日没のもっとも遅いのは六月二八日ごろである。
季節の原因
季節の生じる原因は、太陽が熱くなったり冷たくなったりするためではない。また、地球が太陽に近くなったり、遠くなったりするためでもない。
地球が太陽のまわりを回る軌道が楕円であるため、確かに地球は3%ぐらいの範囲で、太陽に近づいたり遠ざかったりしている。ところが、地球が太陽にもっとも近づくのは、毎年一月二日前後であり、また、もっとも遠ざかるのは七月二日ごろである。
四季が生じるのは、太陽の高度が変化するためである。そして、これは、地球の赤道が地球の公転面(黄道)に対して、約23.4°傾斜しているためである。
太陽がもっとも北に行ったとき、太陽は、北緯23.4°の地点の頭上に来る。すなわち、赤道面と公転面との傾斜角に等しい緯度である。同様に太陽がもっとも南に下ったときは、南緯23.4°の地点の頭上に来る。
北緯23.4°の線を「北回帰線」、南緯23.4°の線を「南回帰線」といい、この間にはさまれた地帯では、年に2回太陽が頭の真上に来る。この地帯のことを通常、「熱帯」という。
いろいろな一年
回帰年(太陽年)
月のところで出てきた分点月に対応するものは分点年だが、分点年とはいわない。これを「回帰年」あるいは「太陽年」という。春分点から春分点まで太陽が動く長さで、寒暖の周期と同じ、いわゆる季節の変化を表す一年である。一太陽年の長さは、365.2422日である。小数点以下の数字は、ここで切れず無限に続く。
恒星に対する一年は「恒星年」とよばれる。一太陽年よりも、約0.014日長く、平均で365.2564日である。地球が近日点を通過してから、つぎに通過するまでの時間は、平均365.2596日であり、これを「近点年」という。さらに、太陽が黄道と白道の交点を出てから帰ってくるまでの時間は「交点年」である。交点は18.6年という速い周期で回転しているから、一交点年の長さは、他の一年とかなり異なり、346.6201日である。
こよみの一年
現行の太陽暦では、この一年は365日か、366日かである。端数はつかない。365日になるか、366日になるかは簡単な規則によって決まる。ただし、これは現行の太陽暦についてであって、太陰暦、あるいは、太陰太陽暦では一年は354前後になったり、348日前後になったりする。また、太陰暦でも、昔はいろいろな日数のものがあった。いずれにしても、こよみの一年は日の整数倍である必要があり、太陽年の長さを日の整数倍で近似していこうとすると、どうしても一年の長さを年によって変えなければならない。
節気と雑節
節気は太陰太陽暦において必要なものだが、太陽暦には無縁のものである。一方、それは、太陽だけによって決まり、月(天体の月)とは無関係である。節気は太陽の黄経によって決まる。
「二十四節気(にじゅうしせっき)」
節気のうち、春分、夏至、秋分、冬至はそれぞれ、春、夏、秋、冬の中央を、立春、立夏、立秋、立冬は、それぞれの季節の変わりめを意味している。
啓蟄は、“虫が這い出る”、小満は、“草木が茂り夏の気が満ちはじめる”の意。
芒種は、“稲のもみ、転じて稲の種まき”を意味するという。
雑節では、八十八夜、二百十日は、それぞれ立春からかぞえた日数である。
半夏生は、“半夏(はんげ)という毒草の生えるころ”という意味。
彼岸は、それぞれ春分、秋分を真ん中にはさむ七日をいう。
社日は、春分、秋分に近い戊(つちのえ)の日。また、土用は四季それぞれにあり、表に示す日から各十八日間続く。
二十四節気と雑節
| 名称 |
太陽の黄経 |
現行暦の日付 |
|
(二十四節気) |
|
|
|
立春(りっしゅん) 正月節 |
315° |
2月4日頃 |
|
雨水(うすい) 正月中 |
330° |
2月19日頃 |
|
啓蟄(けいちつ) 二月節 |
345° |
3月6日頃 |
|
春分(しゅんぶん) 二月中 |
0° |
3月21日頃 |
|
清明(せいめい) 三月節 |
15° |
4月5日頃 |
|
穀雨(こくう) 三月中 |
30° |
4月20日頃 |
|
立夏(りっか) 四月節 |
45° |
5月6日頃 |
|
小満(しょうまん) 四月中 |
60° |
5月21日頃 |
|
芒種(ぼうしゅ) 五月節 |
75° |
6月6日頃 |
|
夏至(げし) 五月中 |
90° |
6月21日頃 |
|
小暑(しょうしょ) 六月節 |
105° |
7月7日頃 |
|
大暑(たいしょ) 六月中 |
120° |
7月23日頃 |
|
立秋(りっしゅう) 七月節 |
135° |
8月8日頃 |
|
処暑(しょしょ) 七月中 |
150° |
8月23日頃 |
|
白露(はくろ) 八月節 |
165° |
9月8日頃 |
|
秋分(しゅうぶん) 八月中 |
180° |
9月23日頃 |
|
寒露(かんろ) 九月節 |
195° |
10月8日頃 |
|
霜降(そうこう) 九月中 |
210° |
10月23日頃 |
|
立冬(りっとう) 十月節 |
225° |
11月7日頃 |
|
小雪(しょうせつ) 十月中 |
240° |
11月22日頃 |
|
大雪(たいせつ) 十一月節 |
255° |
12月7日頃 |
|
冬至(とうじ) 十一月中 |
270° |
12月22日頃 |
|
小寒(しょうかん) 一二月節 |
285° |
1月5日頃 |
|
大寒(だいかん) 一二月中 |
300° |
1月20日頃 |
|
(雑節) |
|
|
|
土用(どよう) |
297° |
1月18日頃 |
|
節分(せつぶん) |
―― |
2月3日頃 |
|
社日(しゃにち) |
―― |
―― |
|
彼岸(ひがん) |
―― |
3月18日頃 |
|
土用(どよう) |
27° |
4月17日頃 |
|
八十八夜(はちじゅうはちや) |
―― |
5月2日頃 |
|
入梅(にゅうばい) |
80° |
6月11日頃 |
|
半夏生(はんげしょう) |
100° |
7月2日頃 |
|
土用(どよう) |
117° |
7月20日頃 |
|
二百十日(にひゃくとうか) |
―― |
9月1日頃 |
|
社日(しゃにち) |
―― |
―― |
|
彼岸(ひがん) |
―― |
9月20日頃 |
|
土用(どよう) |
207° |
10月20日頃 |
(土用、彼岸は正確には、それぞれ土用の入り、彼岸の入り。)